昔:四ツ手鍬(よつでくわ)・犂(すき)・おあし・馬鍬(まんが)
@人-シホンコ
人と牛がその主な労働力でした。人は4本爪のシホンコと呼ばれる鍬によって田を起こしていきます。鍬(くわ)も鉄がまだ貴重な明治中頃までは、先の部分だけが鉄製で、あとは木製の鍬を用いていました。また、深くはまらない田では牛に犂(すき)を付けて荒越こしをしました。(犂は明治40年頃に仁多犂が考案され、歯先などいろいろ改良を加え明治末期から大正時代にかけて、大いに普及しました。)
A牛-荒代かき(あらしろかき)
水がたまると、代かきであるが、まずそれを大まかにやります。このことを荒代といいます。牛を入れてマンガ(馬鍬:大きな土の塊を砕く)でかいていきます。マエゴシライがすむと、さらに牛にマンガを付けてすきました。これを植え代をかくといいます。
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今:トラクター
耕耘機(こううんき)が昭和28年の後半より入ってきて、作業能率もよくなってきました。昭和33年にはエンジンも軽く改良されたテイラー(耕耘機)が発売されました。昭和36年の後半から、トラクターの小型が発売されました。続いて38年には中型、41年には大型のトラクターが発売になり、トラクターの普及により、また土地改良により田も大きくなり、農業経営も大きく変わっていきました。(昭和24年土地改良法が施行されました)

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