三刀屋町研究
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三屋神社(奈良時代)

三屋神社

史跡の概要

 出雲風土記に「御門屋社神祇官(みとやのやしろじんぎかん)に在り」と記され、延喜式(えんぎしき)に「三屋神社」に見える式内社であり、風土記抄(ふどきしょう)には「給下村一宮大明神(きゅうしたむらいちのみやだいみょうじん)」雲陽誌に「一宮(いちのみや)」と記されている古社(こしゃ)である。主祭神は大巳貴命(おおなむちのみこと)(大国主命=おおくにぬしのみこと)で、出雲大社と同じ二重亀甲(にじゅうきこう)に剣花菱(けんはなびし)の神紋(しんもん)が使われ、本殿も大社造りで、出雲大社と関係が深い。

エピソード・物語

 出雲風土記、飯石郡の条(じょう)に「三屋郷(みとやのさと)、郡家(ぐうけ)の東北二十四里なり、所造天下大神(あめのしたつくらししおおかみ)の御門(みと)即ち此の処にあり、故(かれ)、三刀矢と云う。神亀(じんき)三年の字を三屋と改む。即ち正倉(しょうそう)あり。」とあるように、大国主命(おおくにぬしのみこと)がここに宮居(きゅうきょ)を定め、国土経営(こくどけいえい)の端緒(たんしょ)を開かれたと伝えられ、三刀屋の地名はこれに基づくとされている。


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