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歴史年表|はじまりひろがりつながり

■赤川ほたる保護に関する主な出来事
 赤川ほたるの歴史を紐解いてみると、ずいぶん以前から保護活動が行われていたことに驚かされます。ほたる減少の原因も古くは人間による捕獲が主でしたが、近年になってからは環境の変化によるものへと時代によって変化してきました。ここでは、保護活動に関する主な出来事を年表にまとめ、さらに現在大東町で行われている保護活動について紹介していきます。

年   代 出  来  事
明和〜文化年間 松江藩七代目藩主・松平不昧公によって大東にゲンジボタルが持ち込まれる
明治3年5月 「ほたる狩り」によってほたる減少の兆候が現れたため、松江藩から「ほたる捕獲禁止」のお布令が出された。人々はこれを「お留ぼたる」と言った
昭和3年5月 乱獲などによりほたるが減少。これを受けて太田紋三氏らにより初代「赤川蛍保存会」が結成される。捕獲禁止の標柱を川辺に立てたり、小学校の協力を得て児童による夜回りを実施する等の活動を行う
昭和20年代後半 合成洗剤や毒性の強い農薬の普及に伴い、ほたるの数が減少し始める
昭和36年
昭和39年
集中豪雨により河川が決壊。ほたるの幼虫やカワニナが流亡する事態に陥った。その後の復旧工事や河川改修が一層のほたる減少を招く
昭和50年 恩田哲男氏によるほたるの人工飼育開始 →関連ページ『雲南で生きる人と技・大東町』
昭和57年4月 赤川ほたる保存会」発足準備開始。山口市の一の坂川へのほたる視察などを行う
昭和58年4月 「赤川ほたる保存会」結成
昭和58年5月 大東町議会で「大東町ほたる保護条例」が可決される
昭和62年6月 大東町大字新庄地内にホタル工法を取り入れた「ほたる公園」が完成
平成12年11月 ほたる観賞スポット「七夕公園」完成
平成14年2月 大東町のキャッチフレーズが「ほたる舞う悠々タウン大東」に決定
平成15年6月 「赤川ほたる保存会」結成20周年記念大会開催
平成15年7月 大東小学校児童によるほたる幼虫の放流を実施
●年表内のキーワード(色が違う文字)をクリックすると、関連するページを見ることができます。


ボタンをクリックするとムービー「ほたるの里復活への道」をご覧いただくことが出来ます。

 


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